夕暮れ。

「おねーちゃんー」

 

マンション「ルモアージュ」を出たところで私を呼ぶ幼い声が聞こえた。振り向くと翔子ちゃんが小走りで私の方へとやってきている。



「あ、翔子ちゃん」

私は立ち止まり、トコトコと走る彼女が追いつくのを待った。

その姿は何とも言えず可愛らしい。確か今年で小学5年生になるはずだ。




彼女は私の妹ではない。同じマンションに住み、時たま一緒に遊んであげるうちに懐かれたのだった。




「こんばんは。」

翔子ちゃんは礼儀正しく頭を下げた。



さすがだなぁ。まじまじと翔子ちゃんの顔を見ながら私は思う。




整った鼻に大きな目。小さな唇。「子供だから可愛い」という以上の「可憐さ」が彼女にはあった。
10
年後にはどれほどの美人さんになるのだろうか。


そんな妄想を同性の私ですらしてしまう。



「今からお出かけ?」

「うん。撮影があるんだー!」



それもそのはず、彼女は超有名の天才子役なのだ。





子供らしい純粋さと天使様な顔立ち。


ドラマや映画に引っ張りだこである。




「そっか。大変だね。」

きっと私が想像している以上に大変であろうが、彼女は屈託なく笑う。



「そうでもないよ。さっきまで遊んでいたからー。」

「へえー!何してたの?」



天才子役は一体どんな遊びをするのだろうか。私は興味がわく。




「んっとね。」

その時、背後からカツカツとヒールの音が聞こえた。



「翔子。ちょっとあまり急がないでよ。」

翔子ちゃんをそのまま大きくした様な上品な女性が現れる。




「こんにちは、絵里さん。」

私は彼女に挨拶をした。



「あ、こんにちは。ごめんなさいね。翔子と遊び相手になってくれたみたいで。」

絵里さんはペコペコと頭を下げた。



いえそんな、と私はかぶりを振る。私はこの人が少し苦手だった。

「今、翔子ちゃんに何をして遊んでいたのか聞いていたところなんですよ。」


私が答えると絵里さんは嬉しそうに笑う。


「そうなの?よかったわね、翔子。お姉ちゃんに教えてあげなさい。」



気づけば彼女は翔子ちゃんの横に立ち、頭をナデナデしていた。

「えっとね。妖精さんと遊んでいたの。」

「妖精?」

私は、かつて翔子ちゃんが出ていたバラエティ番組を思い出す。
確かあの時も同じことを言っていてスタジオの芸能人たちは「彼女は妖精の生まれ変わりなんじゃないか?」などと話していたはずだ。




「そう~。妖精さんと遊んでいたのね」

絵里さんは、どこか満足そうに頷いた。



そしてさらに彼女は質問を重ねる。


「で、その妖精さんはどんな姿だったの?」




「え?えっとね。・・それは」

絵里ちゃんは途端に慌てた顔になる。


それは、さっきまでの出来事を振り返っているというより、無理やり暗記したことを思い出そうとしているようにも見えた。




「翔子。」

絵里さんが優しく翔子ちゃんに言う。



が、娘の頭に添えている手には徐々に力が込められ、翔子ちゃんは痛みに顔を歪めはじめた。


「妖精さんは金色の髪をして、お人形さんみたいだったのよね?両肩には羽が生えていて、パタパタと優雅に飛ぶんでしょ。近くを通ると甘い匂いがする。そうよね?」




「え。うん。そ、そうだよ。そうだった。」

翔子ちゃんは必死に頷いた。



「翔子がしっかり説明しないから、お姉ちゃんが不思議そうな顔しちゃっているじゃない。ダメよそんなんじゃ。」



ほら、と絵里さんは私の肩を指差した。





「おねえちゃんの肩にも妖精がいるんじゃない?ね?見えているんでしょ?翔子は・・・ね?」